エンターティナー「SMAP」を求める声が止まない理由

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これまで、あまり芸能系の人材に注目してこなかったが
危機的な今だからこそ求められるエンターティナーが必要なのではないかと感じ、モンスターアイドルである「SMAP」に注目してみたいと思います。

2016年末の解散から4年が過ぎようとしているSMAP。解散後はそれぞれの道を歩んでいます。だがこの間、折に触れて「SMAP」という言葉が世をにぎわすのを私たちは目にしてきました。むろんそれは彼らが残してきた並外れた実績によるものだろうが、同時に「いまここに彼らがいてくれたら」という願いの表れでもあるはず。
その背景には、日本人がSMAPと共に歩んできた30年に及ぶ長い歴史がある。私たちが、SMAPという存在を忘れられない理由も、きっとそこにあるだろう。では、それはどんな歴史だったのか? 今回は “SMAPと日本人”の関係性を探ってみたいと思います。

さまざまな危機を乗り越えてきたSMAP

最近、SMAPの名が世をにぎわせた出来事と言えば、なんと言っても元メンバーである森且行のオートレース優勝のニュースだろう。1997年のオートレーサーデビュー以来、24年目にして初の日本選手権優勝を飾った森に、中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の5人全員が祝福のメッセージを寄せ、大きな話題に。
森がSMAPを脱退したのは、1996年5月のことである。そのとき、子どもの頃からの夢であったオートレーサー試験を受けられるぎりぎりの年齢だったということがありました。ただ、その頃、SMAPも大事な時期を迎えていました。その1カ月前にプライムタイムでグループの冠バラエティー番組となる「SMAP×SMAP」がスタートしていたから。バラエティーに定評のあるフジテレビの番組ということでSMAPにとっては大きなチャンスだったが、森且行が脱退することになったのは、番組が始まった矢先のことで、このとき、中居正広などは解散を考えたことが後になって明らかにされてもいます。森の最後の「SMAP×SMAP」出演となった回では、森自身の選曲によるSMAPメドレーがあった。そのなかの1曲「BEST FRIEND」は、中居正広が泣きじゃくるといったシーンもあり、SMAPやファンにとっても深く記憶に刻まれるものになりました。そして「SMAP×SMAP」は、アイドルが本格的バラエティーに挑戦した画期的な試みとして、テレビ史に残る人気番組になっていきます。
とはいえ森且行の脱退の後も、グループの存続が危機に瀕するような事態はありました。2001年に稲垣吾郎、2009年に草彅剛がそれぞれ不祥事を起こし、芸能活動を自粛した事件。
ただそうしたときも、彼らは「SMAP×SMAP」というテレビ番組を通して直接私たちにそのときのリアルな表情を見せ、思いを吐露しました。稲垣吾郎も、そして草彅剛も、「SMAP×SMAP」の中で謝罪するとともに再出発の決意を語り、ファンだけでなく、多くの視聴者が“SMAPという歴史”の節目節目に立ち会い、彼らと思いを共有することになったのは間違いないでしょう。
さらにSMAPが総合司会を務めた2014年の「FNS27時間テレビ」(フジテレビ系)では、5人に向けて宛てた森且行の手紙が読まれる場面もありました。2017年に香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎が司会を務めた「72時間ホンネテレビ」(AbemaTV)の中で3人は森且行と21年ぶりに共演、そして今回の念願の森の優勝となった。そのように、解散後も「新たな歴史」は続いています。

平成の日本人にとってのSMAP

しかし、SMAPの存在感が日本人の中でこうも大きい理由は、彼らがこれまで「日本が抱える悩み」に彼ら自身、真剣に向き合ってきたからだと思います。1995年1月に発生した阪神・淡路大震災発生直後の「ミュージックステーション」に出演したときのこと。SMAPは生放送の番組で歌の前に木村拓哉と中居正広が被災者に向けてメッセージを送るとともに、急遽予定された曲目を変更し「がんばりましょう」を歌った。
そして、2011年の東日本大震災のときにも、彼らは「SMAP×SMAP」の緊急生放送を行い、視聴者から寄せられたFAXなどと共に自分たちにいまできること、こういうときのエンターテインメントの意味について語り合っていました。その際、歌われた曲の中にも「がんばりましょう」。その後「SMAP×SMAP」では、番組が終了するまで毎回支援金の呼びかけが続けられていました。
図らずも「がんばりましょう」という表現には、「頑張れ」とは違った「一緒に」「ともに」というニュアンスがあるように思います。
平成は、災害に限らず、それまで確かだと思っていた日常が脅かされ始めた不安な時代。バブル崩壊以後、長く続いた経済的停滞とそれに伴う就職難などもあり、それまでは見えていなかった社会の基盤のほころびもさまざまな形で出ていました。家庭、学校、地域といった私たちがともに生きる場である共同体が揺らぎ始めたのもこのころでした。
その中でSMAPは、さまざまな苦難がありながらも、それぞれが自立したエンターテインメント集団として私たちに理想の共同体を見せてくれました。と同時に、不安を深くする日本社会に寄り添うように、私たちにメッセージを送り続けました。
かくしてSMAPは、平成の日本社会の希望の光として輝き、導く役割を担っていました。それは、アイドルにもかかわらず、というよりも私たちに身近なアイドルという存在に彼らが徹したからこそ生まれえた役割であったと考えます。
私たちと「ともに」あろうとする彼らのそうした姿勢は、「NHKのど自慢」に出演して東日本大震災の被災地を訪れ、パラスポーツの応援に精力的だった最後まで変わることはなかったのです。

SMAPはテレビエンタメの開拓者だった

また、SMAPがこうも社会での存在感を高めた背景には、後に続くアイドルたちの「ひな型」となったことも関係しています。ここまでみてきてわかるように、“SMAPの歴史”の中心にはテレビがあります。先述のSMAPが総合司会を務めた「FNS27時間テレビ」のサブタイトルに掲げられたのが、「武器はテレビ。」というフレーズ。まさにそれを体現していたのが、彼らでした。
実際、SMAPは、ジャニーズにおけるテレビエンターテインメントの開拓者であったと言っても過言ではないでしょう。もちろん、それまでもジャニーズのタレントはテレビで活躍していましたが、SMAPは、従来とは違う新たな道を切り拓いた存在だったように感じます。
例えば、歌手としてのSMAPは、2003年の「NHK紅白歌合戦」において「世界に一つだけの花」で初のトリ(大トリ)を務めましたが、実はグループ歌手のトリは紅白史上初のことだったようです。そこには、グループでの活動が中心のジャニーズにとって、嵐など後輩グループに道を開く意味合いがあったと言えます。また、ジャニーズがバラエティー番組に出ること自体は珍しいことではありませんが、「SMAP×SMAP」のように従来のアイドルのイメージを覆す本格コントに取り組み、さらに歌やトークも楽しめる総合バラエティーのメインを務めて成功させたのは記憶に新しいところです。またメンバーのソロ活動を通じ、音楽番組、バラエティーやドラマはもちろん、ニュース番組や教養番組などそれまでジャニーズにとって縁遠いと思われていたジャンルの番組に進出する道筋をつけたのも彼らです。
こうして確立された、歌手を基本にしつつ、テレビで冠バラエティー番組を持ち、個々のメンバーが個性や才能に応じて多彩なジャンルの番組で活躍するスタイルは、後に続くジャニーズグループにとってのモデルになったのも間違いないと思います。TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐など同じ1990年代にCDデビューしたグループだけでなく、現在に至るまでそのスタイルは受け継がれています。
しかし、2016年いっぱいでSMAPは解散。その後メンバーは、それぞれの活動を始めています。
木村拓哉はジャニーズ事務所にとどまり、俳優として映画にドラマにとコンスタントに出演を重ねてきた。「教場」(フジテレビ系、2020年放送)では、冷徹な警察学校の教官役を白髪姿で演じ、新境地として話題になっています。また今年1月にはソロアルバム『Go with the Flow』をリリースするなど歌手活動を再開、初のソロライブツアーも行いました。

風向きが変わってきたジャニーズ事務所との関係

ジャニーズ事務所を離れた香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎は2017年に「新しい地図」として活動を開始。個人としても多方面で活動しつつ、先述の「72時間ホンネテレビ」、3人によるレギュラー番組「7.2 新しい別の窓」(AbemaTV)やYouTubeなど、「新しい地図」としてはSMAP時代にはなかったネットに比重を置いたものになっています。
中居正広は、長年在籍したジャニーズ事務所を今年の3月いっぱいで退所。個人事務所・のんびりなかいを設立した。ただ活動としては、これまでと変わらずバラエティー番組などのMCの仕事が中心。その中で2019年4月から始まった「中居正広のニュースな会」(テレビ朝日系)は、彼ならではのニュース番組という点で注目すべき点です。
テレビの開拓者・SMAPという観点から言えば、この中で「新しい地図」の3人は、かつてに比べテレビでの露出が減っている印象は否めないですが、最近は、風向きが少しずつ変わってきた感もあります。
稲垣吾郎は今年NHKの連続テレビ小説「スカーレット」に出演、社会派の教養番組「不可避研究中」(NHK、2019年11月放送開始)ではMCを務めています。また草彅剛は来年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」に徳川慶喜役で出演、香取慎吾も来年1月から放送予定の「アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜」(テレビ東京系)で5年ぶりの民放連続ドラマ主演が決まっています。
また別の意味で風向きの変化を感じさせるのは、中居正広がMCの番組で現役ジャニーズとの共演が普通に見られるようになっていること。ジャニーズ事務所から離れた中居とジャニーズの現役アイドルたちがごく当たり前に絡む姿には、これまでジャニーズと元ジャニーズの間にあった壁がなくなってきていることを感じさせます。こうしたそれぞれの
活動があるなかで、年号が令和に変わっても世の中のSMAPを求める気持ちは変わっていないように見えます。

令和のいま、再びSMAPが求められる

例えば、今年4月、ツイッターの日本のトレンドで「#SMAP完全版」というハッシュタグがトップになったことがありました。
NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」から「過去の傑作を放送するなら?」というリクエストの呼びかけがあり、「いま、日本に元気をくれるのはSMAPです SMAPに会いたいのです」といった多数の熱烈なツイートとともに、SMAPが出演した回の完全版再放送を求める声が殺到しました。
それはきっといまも、平成の不安な社会状況が続いているからでしょう。いや、むしろその不安は、今年のコロナ禍によって一層深刻になっているとさえ言えます。まだ誰にも出口の見えないコロナ禍の中で、私たちの不安は募り続けている。そして終息を迎えたとしても、元からあった私たちの不安がすべて解消される保証もありません。
こうした状況において、どんな困難に直面してもアイドルとして、そしてエンターテイナーとしての生き方を貫いたSMAPの存在が思い出されるのは、ある意味必然的なことではないでしょうか。私たちは、心のどこかで「まだ“SMAPの歴史”は終わっていない」とわかっている、救いを求めているのです。

まとめ

いかがでしたか。
今だからこそ、救世主のように彼ら「SMAP」の存在が求められるのは
やはり、彼らが最も身近な、最高のエンターティナーに他ならないということが理解いただけたのではないかと思います。彼らの活動に、今後も注目していきたいと思います。