忘年会スルーしたい人が利を得た事情 ~コロナでリアルな開催は困難~

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コロナウイルスの感染拡大が止まらないと言われて久しいですが、
ある日、仕事場の部長が
「8月ぐらいからは、ほとんどの社員に残業対応をお願いしている状況で、みんな、だいぶ疲弊しているからどこかで発散できる場、忘年会くらいは設けてあげたいな」といっていました。
今年は色々考えて、忘年会を開催する場合には、個別の御膳を用意し、お酌などは禁止。いつもは役員も参加していたのを今年は一部従業員だけにするなど、細かい点にまで配慮しながら準備をしていたものの、「この状況の中、大人数で集まっての宴会ってどうなの?という感じですよね……」という意見が多々あり、どうしたものかとため息をついていました。

飲み会の過ごし方はかなり慎重に

12月11日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、年末年始を迎えるにあたっての提言を発表しました。忘年会・新年会や成人式、お正月の帰省など人々の交流が増えるシーズンは、感染が全国的に拡大することで、さらに医療提供体制が逼迫し、経済にも打撃があるなどとして、「年末年始を静かに過ごすこと」を求めています。
会食による感染が多いとされることもあってか、忘年会・新年会などの飲み会については、「感染防止のガイドラインを守っている飲食店を選び、短時間で適度な酒量とする、必ずマスクを着用して会話する、コップなどを使い回さないこと」などと、かなり詳細なレベルまで踏み込んで過ごし方を示しています。
しかも、その前提として「普段から一緒にいる人と小人数で開催すること」が最も大切であるとされています。これでは、もはや職場の忘年会はやらないでほしいという風潮。年末が近づくと、例年なら多くの職場で忘年会が企画されます。今年は多くの職場において、忘年会を開催すべきか見送るべきか、責任者や幹事が頭を悩ませていましたが、第3波の高まりによって、開催に悩むこと自体がもはやナンセンスな状況となってきました。

自粛続きだったからこそ飲みたい

「今年はいろいろなことを我慢してきたから、忘年会を楽しみにしてたのに……」という声もある一方で、
「コロナの第3波が来ているので、忘年会が中止にならないかなと願っています」「誘われても行きたくない。感染対策してやれば大丈夫という人もいるが、お酒が入ると徹底できなくなる」など、忘年会への参加を危ぶむ声も少なくありません。
今年は自粛の年だったので、最後くらいパアッと飲みたかったと残念がる人、コロナウイルス感染へのリスクを気にする人。ざっと見たところ、賛否の意見は拮抗しているようでした。
どうしても忘年会を開催したい。そんな人たちの頼みの綱ともいえるのが、オンラインでの忘年会でしょうか。
実はネットでは、いくつものイベント企画会社がオンライン忘年会の提案を行っています。オンラインでも楽しめるゲームやクイズ、参加者全員にデリバリーできる食事メニュー、簡単な請求対応など、忘年会幹事のにとって魅力的なプランがズラリと並んでいて、オンライン忘年会マーケットが形成されそうな勢いです。
それだけではありません。吉本興業までがオンライン忘年会に目をつけているのです。吉本芸人がオンラインでネタやトークを披露する『月刊よしもと芸人オンラインイベント』と連動し、新たなオンライン忘年会のカタチを提案しています。
このオンライン忘年会は、忘年会のニューノーマルとなっていくのでしょうか。しかし、実はオンラインよりやっぱりリアルな飲み会のほうがいいという回答は意外に多く、オンラインコミュニケーションを苦にしない若者でさえ、3人に2人はリアル飲みを望んでいると言われています。

なぜこんなにも忘年会をめぐってアツくなるのか

それにしても、われわれはこの年末の恒例行事に、なぜこんなにもアツくなるのでしょうか。改めて考えてみると、実は日本においての忘年会の歴史は古く、その起源は室町時代にさかのぼるといわれています。江戸時代に1年のうさを晴らす「歳忘れ」の行事として広まったそうです。大きく時は流れ、戦後。高度経済成長期に普及した日本型雇用の中、この忘年会は職場に欠かせないイベントとして定着していったのです。
かつては、家族主義的な関係性の中で、社員は身内同様の存在として、団結心、チームワークを担保していました。そうした関係性を維持するために「飲みニケーション」が発達し、その代表格が職場の忘年会だったのです。昭和の時代には、オフィスや会社の食堂を利用した「クラブ忘年会」、休業を装った飲食店の中でこっそりと開く「カンヅメ忘年会」、旅館や簡易宿泊所を丸々借り切った「宿泊忘年会」などなど、中には警視庁に摘発されるほどの催しがあったほど。
法令違反してまでも催さなければいけないほど、「職場の忘年会」は会社にとっての一大行事に位置づけられていたのです。それほど、かつてのこの国においては、会社で仕事をするということの重要な一部として、上司や同僚と酒を酌み交わしてドンチャン騒ぎをすることが組み込まれていたのでしょう。

「忘年会スルー」というトレンドに拍車

しかし、いかにも昭和的なこの「飲みニケーション」は、令和の時代になっていよいよ崩壊の危機に瀕しています。その兆候としての事象が、コロナ禍に先立つこと1年、昨年末に注目を集めた「忘年会スルー」です。スルーは無視という意味で使われていて、この言葉がSNSでバズりました。これによって若い世代を中心として、職場のオフィシャルな忘年会に参加したくないという声が表面化したのです。
参加したくない人の本音は、
「気を遣うので疲れる」
「上司の話を聞くのが面倒くさい」
「2次会のカラオケがイヤ」
「飲み放題にすることが多く、料理の質が低くなり代金はそれなりにかかる」
「失礼なことをしないか気になって楽しめない」
「金銭的な負担額が大きいから」
といった声に集約されます。
これは、忘年会そのものへのバッシングというのではありません。会社の忘年会に半ば強制的に参加させられることに納得がいかないと考える人の心の叫びと捉えるのが望ましいでしょう。
今年はコロナ禍によって、否応なくニッポン全国、全世代的に「忘年会スルー」が多くなるでしょう。しかし、その裏側には、「コロナの影響で会社の忘年会が中止になった。個人的に誘われてもコロナを理由に断れるのでラッキー」とか「職場は仕事をする場所なので、そもそも飲み会で親睦を深める必要はない。今年は堂々と忘年会スルーできる」といった、職場忘年会への本質的アレルギーが潜んでいるのです。

企業自体がアルコール依存症

ここまで職場で忘年会が広まった背景には、日本型雇用慣行との親和性だけでなく日本人特有の性格も関係しています。そもそも腹を割って
きたんなく意見を交わし合うことが苦手であるがゆえ、企業としては、格好の親睦機会として社員同士の飲み会を奨励してきたのです。
結果的に、社内コミュニケーションが、アルコールの力を借りた「飲みニケーション」に依存する形となりがちでした。しかし、こうした飲みニケーション依存によって、逆に職場内でのコミュニケーションがおろそかにされてきた感は否めません。

まとめ

コロナ禍のいま、職場ではリモートワークが広がっています。従業員が出社しなくてがらんとしたオフィスを維持し続けることに意味を見出せなくなって、オフィスを縮小しフリーアドレスを導入する企業も少なくありません。
リモートワークやフリーアドレスは、個々人の自立的なワーキングスタイルを促進する反面、リアルな接触時間の減少によって、社員間のコミュニケーションは希薄化する一方だともいえます。職場コミュニケーションを俯瞰的に捉えると、大きな転換点に迫られているのです。
そういった意味では、今年のニッポン全国忘年会スルーを機に、お酒の力に頼るのではなく、しらふで濃密に語り合える環境の整備が急務なのかもしれません。